むりく花ぬ 咲かりょうり

マスターへ

頭が良くて
理論家で
若い頃はとってもかっこ良くって
お酒が強くて
議論が好きで
お店では「俺がルール」の人だった。

だから足が遠のいた人も多い。
私も二度とこんな店に来るかと何度思ったことか。

でも
寂しがり屋で
わがままで
面倒見がよく
女にからきし弱く、人生の伴侶はいったい何人だったのか。

私は
10代の頃から妹のように可愛がられ
この秋の人事異動の報告も「大丈夫か。通勤が遠くなるな。」と兄のような一言。

二年といわれた時間が半年延びたけど、昨夜は

「俺もうあかんわ。死ぬねん。」
「何言うてんの…。不死身やろ」
「長生きしたないねん。痛い…」

それが最後に交わした言葉。
思ったより痩せてもいず、ひょっとしたらと希望を抱いたけれど。

マダムからの電話は深夜に。

2009.11.1. 1:17
享年60歳

彼と光の子保育園で出会ってなかったら、
最初の伴侶の初美さんに可愛がられなかったら、
あの伝説の円山公園のコンサートに連れて行ってくれなかったら、

たぶん私は沖縄にも興味を持たなかったし、
三線を弾いていないだろう。

もっとやりたいこと一杯あったろうに。
覚悟はしていたけど、身を切られるほどに悔しい。
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by murikupana | 2009-11-01 10:45 | 日々のあれこれ
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ふとしたきっかけで八重山の唄に出会い 遥かに続く歌三線の道に精進するというか悪戦苦闘する大阪のおばちゃんの記録
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