むりく花ぬ 咲かりょうり

人の縁

1週間前の月曜日の出来事です。


朝、携帯がプルプルと。
「おはようございます。わたしわかりますか?」

はて、このイントネーションは沖縄みたいだけど、
電話してきて「わかりますか?」って聞く人に心当たりはありません。
しかもかなり若い女性のようです。
「えっと、ごめんなさい。どなたですか?」
「○○です」
「え、あの保育士の。和可奈ちゃん?」
「はい。」




1999年6月7日。
大工先生のゆんたしょーらパート4を見るために訪沖し、
さていよいよ帰る日の朝、壺屋の東窯あたりを散策。
シーサーの手頃なものがあれば買おうかなとぶらぶらしていると、
写生をしている小学生のグループに出会いました。
小学生は好奇心旺盛、大阪から来たおばちゃんに
「大阪では、○○こは何て言うの?」など、刺激的な言葉を連ねます。
(子供たちはどの地域も汚い言葉が好きですね(笑))
この子たちは与儀小学校の5年生でした。
「大阪へ帰ったら写真送るね」と約束して帰阪。
校長先生あてに人数分を焼き回しして送りました。
その中で唯一「ありがとう」と手紙をくれたのが和可奈ちゃんでした。

それから年一回の年賀状のやり取りが始まりました。
そして5年。
何度目かの訪沖の時に国際通りのスターバックスで再会しました。
彼女は見違えるほど大きくなり、そこには小学生の頃の面影はありません。
とても、はにかみ屋さんで、言葉少なく、緊張している感じでした。
そりゃそうです。
小学生の頃、たった一度しか会っていないおばさんとお喋りするのですもの。
学校のこととか、私の唄三線のこととか…。
この時、初めてプリクラなるものを取りました。

それでも日常に戻ると、記憶が少しづつ薄れていきました。




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「え、もう、今日帰るの? 私はお休みだから、帰る前に関空で会いましょう」
10年の時が過ぎて、関空で会いました。三度目です。
目の前の和可奈ちゃんは本当に素敵な女性に成長していました。
はにかみ屋さんでおっとりした雰囲気は変わらないもののすっかり大人です。
もう27歳。
あの時に緊張して喋れなかった女の子は、
USJに遊びに来て、たくさん並んだこと、
夜はゾンビが出てくるので怖いからスヌーピーの処で遊んでいたのと、
楽しそうに話してくれました。
この4月から正規職員として保育の現場で頑張っている事、など
搭乗までの短い時間でしたが、10年分のお喋りをしました。
なんか、胸がふぁ~っとするほど嬉しい時間でした。
メルアドを交換して、再会を約束して。

二人ともあの時のプリクラを持っていましたよ。
それもとっても嬉しかったですね。

また、沖縄に行く楽しみが増えました。









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by murikupana | 2014-09-24 10:26 | 日々のあれこれ
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ふとしたきっかけで八重山の唄に出会い 遥かに続く歌三線の道に精進するというか悪戦苦闘する大阪のおばちゃんの記録
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