むりく花ぬ 咲かりょうり

2005年 07月 13日 ( 1 )

M君

入ってすぐのソファに、入り口に背を向けて座るのが定位置だった。
「さよなら港」が得意でいつも弾いていた気がする。
早弾きのジンタの曲が好きだったね。歌うよりは三線を弾くのが好きな感じだった。
無口で無愛想で、寂しがり屋に見えた。そのくせ突っ張っていて。
クラブでは私より先輩?のような気がするが、二周り下の同じ干支。
何を考えているのかよく解らない若者だったが、ある時、
「八重山民謡をやりたい。稽古してきたので聞いてください」と一期生の練習日にやってきた。
歌ったのは鷲ぬ鳥。八重山の歌にはまだまだ遠かった。
それ以来一度も練習には来なかった。

何ヶ月かして、「移住します」と大阪を離れた。
そして那覇の研究所に稽古の場所を求めた。
師匠が来阪されたとき余程親しくならなければ、呼び捨てにはしない。
いつも大阪では「Mくん」だったのがいつの間にか「M」になっていた。

今回私は優秀賞、彼は新人賞、同じ受験者。
余裕がないはずなのに私にとても優しく接してくれた。

「お茶、飲みますか」
「熱は、まだあるんすっか」
「少しは、大丈夫?ちょっと寝ていたら・・・」
「今どの辺かちょっと見てきます」
「時間かかりますよね」
「なんか、飲みますか」・・・・打ち上げ会場で真っ先にビールをついでくれた。

ねぇ、いつからこんなに優しくなったの?
すごく嬉しかったよ。一杯一杯気を使ってもらって。
私、大阪であなたにそんなに優しくなかった。無愛想な若者と思ってちょっと引いていた所がある。

ごめんなさい。そしてありがとう。

沖縄が、風土が、そして今、周りにいるすべての人があなたを変えたんだと思う。
それを感じてとてもほんわかとした気持ちになった。
そうそう、アルテで聴いた課題曲の「鷲ぬ鳥」とても上手になっていたよ。新人賞、合格おめでとう。
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by murikupana | 2005-07-13 00:25 | お稽古



ふとしたきっかけで八重山の唄に出会い 遥かに続く歌三線の道に精進するというか悪戦苦闘する大阪のおばちゃんの記録
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