むりく花ぬ 咲かりょうり

カテゴリ:日々のあれこれ( 221 )

深夜のお婆さん

昨日、遅番で仕事を終え、天下茶屋に付いた時すでに21時を廻っていました。

「はよ、帰って、ご飯!」と足早に自宅近くのコンビニに来た時、
目の前の光景に、ふと「あれ!?」って思いました。
かなりのお歳のお婆さんが眼鏡を掛けた若者に
「この近くに歯医者さんはありませんか?」と尋ねていました。

私の中で黄色の信号が点滅しました。何かがおかしい。
私は近づいて、「どうしたん?」と尋ねると同じ問いかけ。
若者は親切に検索しましょうか?と言っていましたが「任せて」と目配せして。

「奥さん、今日は日曜やし、もう9時過ぎているから
歯医者さんはお終いよ。お家はどこ?」
答えは駅前のマンションとのこと。
送って行きましょうかと言うと「もう夜遅いから結構ですよ」と答えられて
「ありがとう」とすたすた駅方向へ歩いていかれました。

私の頭の中で老人の徘徊という言葉が点滅していました。
やり過ごしたふりをして観察していると、
道路の真ん中でお医者さんの看板を見つけては立ち止まっています。
(うちの近所は廃業したお医者さんもそのままになっています。)
するといきなりお婆さんは道路の反対側にいた女の子に近づき、
何かを聞いています。
もうすでに知らんぷりできなくなっていた私はダッシュで近づき
お婆さんを確保しました。
付け睫毛をばっちりつけたちょっとヤンキー風な女の子も
「お婆ちゃん、はよ帰えらな。もう遅いし、あかんで」と優しい言葉。

お腹の虫が鳴いていましたが、駅前まで送れば交番はあるし、
お婆さんのいうマンションもあるから、何とかなると思い、送って行きました。

色々な事を話しました。
昭和3年生まれの87歳で今は一人暮らし。
亡くなったご主人は診療所のお医者様、息子達もすべて医者、
長男は某有名病院の院長、あれ、二男やったかいな…とこんな調子です。
年寄りに話を合わせるのは自分の母で慣れていますが、
なんか少し認知が入っているような…。

そうしているうちに駅に着き、お婆さんを見送る形で別れました。
すぐに交番の女性警官に事情を離し、一緒にお婆さんを追いかけていきました。
すると、本当に駅前マンションに入ってフロントでカギを操作しています。

「あぁ、あのお婆ちゃんやったら、一日に一回は来はるよ。」
「鍵がどこかにいってあらへん、とかいろんな事言ってきはるなぁ」
「大丈夫よ、奥さん。僕らも気をつけておくから。親切にありがとうね」

一人暮らしと言ってました。
息子はお正月しか来ないって。

ずいぶん立派なマンションに一人?

どこまで本当の事かわかりませんが、
この時間にヘップ履きで財布一つ握って、歯医者さんを探してウロウロしている。
胸が詰まりました。

でも、天下茶屋も捨てたもんじゃない。
オタク風の男の子も、付け睫毛バッチリの女の子もお婆さんに優しかった。
それだけで良いか…と思いなおして、
もう一度来た道を今度こそ帰るぞと引き返しました。








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by murikupana | 2015-04-20 21:51 | 日々のあれこれ

母も

「マスクして」
「手、洗った?」
「うがいした?」
「部屋の喚起してね」

これらの項目は戦争を生き延びた母には通用しない事です。
「そんなこと、せえへんでもうつらへん」と内心思っていたでしょう。
お腹の中で舌出していたかも。

「近寄ったらアカンよ」と言ってるのに、二階の階段口から覗いて
「どない、しんどいん?」
来たらアカン言うてるやん!とまた喧嘩して。

インフルをなめてます。
しっかり罹患しました。同じB型です。

午前の診察でホームドクターから電話がありました。
「お母さん、うつってはります。かすかに反応でました。
ただ、状態が良いので、リレンザを処方しました。
帰宅して高熱、息苦しい、などの症状が出なければ大丈夫でしょう」とのこと。

幸い熱も37度で止まり、食欲もないねんと言いながら、食べています。
ワクチンも昨年秋に打っているし、
リレンザの方がB型に効くというNETの情報もあるし、
少なくとも私よりずっと楽なはず。
このまま、終息してくれる事を祈ります。







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by murikupana | 2015-02-27 20:34 | 日々のあれこれ

初インフルエンザ

なんか変!?と思ったのは夜10時過ぎです。
明日は出勤なのになんか調子悪いなぁ。
鼻炎の薬は飲んでるのになんか身体だるいし、関節がぎしっと痛い。
「やばいかも」と嫌な予感がして救急病院に電話をしました。
こんな時の予感って当たるんですね。
「今からインフルエンザの検査してもらえますか?」
「良いですよ。来れますか?」
「自転車で走ります」
20分後に到着し、事情を説明。
可愛らしい看護師さんが「鼻の奥をぐりぐりするので辛いかも…。」と
ティッシュ、ビニール袋と吐いてもいい用意をしてくれました。
「あ、大丈夫です。鼻を通すのは耳鼻科で慣れてますから」
確かにぐりぐりと痛かったのですが・・。

すぐ、笑顔で看護師さんが出てきてきっぱりと「B型陽性です!」
なんで笑顔?と思いましたが患者の発生が日常なんでしょう。

私はタミフルを処方され、職場にどう伝えようと思いながら帰宅しました。

インフルエンザっていきなり高熱になるって聞いていたから
自分の熱の上がり方は違うと思っていましたが、結果は一緒でした。
枕元に水を入れた水筒、グラス、ティッシュ、体温計とセットして寝ました。
寝る前に測ると38.5分、うつらうつらとしてトイレに起きて測ると39.9分。
人生初インフル、初タミフル、初39度台。はじめて見る数字。
熱なんて37.5度も上がるとふらふらなのに、39.9。
「見なかった事にしよう」と一生懸命寝ようとしましたが
やはり1.2時間ごとに目が覚め、水を飲み、の繰り返しで朝を迎えました。
きっと下がっている、期待して測って37.5分。
「えぇ~、まだ下がっていない」
タミフルの効果を期待していただけにショックでした。
その日は夕方再び38度まで上がりました。
そして今朝、体温計の数字が輝く36.5分。
「よっしゃ~!!」「長かった~!!」

今回の教訓は
母が調子を崩す事があってもその逆を想定していなかったことです。
母への説明としてマスク着用、手の洗浄、一階と二階に別居、食事も別、などを
理解させるのに苦労しました。 時にはけんか腰で(笑)
何よりも母の食事をどうするか。
まるまるヘルパーさんも来ずにディサービスもない日が一日あり、
買い物にも行けないので、あるもので作りましたが自分は食べられず。
立ってられなくて二回も貧血を起こすありさまでした。
だんだん母も心配になってきたのか、「お姉ちゃん、入院する?」
「バカ!年寄、子供じゃあるまいし、
インフルくらいで入院なんてでけへんわ!」とまた言い合い。
母に納得させるのにまた消耗して。

こういう時にこそ緊急でヘルパーさんを手配できるようにしておかなきゃ…と
反省しました。
自分は絶対元気!ではないんですよね。
それに私の周りには『母と娘』この組み合わせの友人が多くて。

声を大にして。
「老後はずっと先…ではないからね。
親の病気は、こちらの段取りの組みようで何とかなるけど、
その逆は大変だよ」って。

会社にも休暇で迷惑を掛けました。
体調管理も仕事の内って若い頃から教えられていたのに。
土曜日まで、もう少し我慢して休養します。





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by murikupana | 2015-02-25 20:26 | 日々のあれこれ

謹賀新年

2015年 新年おめでとうございます。
今年はどんな年になるのでしょう。
少々のことは覚悟してますし、腹は据わってきましたが、
そこはそれ、神様、手加減をお願いしますね。

一日前の紅白、台所にいたのでほとんど見てませんが、
中島みゆきと、三輪明宏と、サザンはしっかり見ました。
やはりプロってすごいなぁと感動。
メロディのフレーズも綺麗なんだけど、唄は歌詞の力と思いました。
タイミングあって見られて良かった。
なんかとても得をした気分でした。

さて、今日は
賀状を読み、猫とくつろぎ、襦袢に半襟つけて、そして三線の初稽古。
元旦だけの正月休みですが、それでも周りが静かなので本当にゆっくりしました。
とっても寒かったし、一日お家でほっこり。

明日は初売り、福袋。早朝出勤なので、もう休みます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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by murikupana | 2015-01-01 23:03 | 日々のあれこれ

人の縁

1週間前の月曜日の出来事です。


朝、携帯がプルプルと。
「おはようございます。わたしわかりますか?」

はて、このイントネーションは沖縄みたいだけど、
電話してきて「わかりますか?」って聞く人に心当たりはありません。
しかもかなり若い女性のようです。
「えっと、ごめんなさい。どなたですか?」
「○○です」
「え、あの保育士の。和可奈ちゃん?」
「はい。」




1999年6月7日。
大工先生のゆんたしょーらパート4を見るために訪沖し、
さていよいよ帰る日の朝、壺屋の東窯あたりを散策。
シーサーの手頃なものがあれば買おうかなとぶらぶらしていると、
写生をしている小学生のグループに出会いました。
小学生は好奇心旺盛、大阪から来たおばちゃんに
「大阪では、○○こは何て言うの?」など、刺激的な言葉を連ねます。
(子供たちはどの地域も汚い言葉が好きですね(笑))
この子たちは与儀小学校の5年生でした。
「大阪へ帰ったら写真送るね」と約束して帰阪。
校長先生あてに人数分を焼き回しして送りました。
その中で唯一「ありがとう」と手紙をくれたのが和可奈ちゃんでした。

それから年一回の年賀状のやり取りが始まりました。
そして5年。
何度目かの訪沖の時に国際通りのスターバックスで再会しました。
彼女は見違えるほど大きくなり、そこには小学生の頃の面影はありません。
とても、はにかみ屋さんで、言葉少なく、緊張している感じでした。
そりゃそうです。
小学生の頃、たった一度しか会っていないおばさんとお喋りするのですもの。
学校のこととか、私の唄三線のこととか…。
この時、初めてプリクラなるものを取りました。

それでも日常に戻ると、記憶が少しづつ薄れていきました。




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「え、もう、今日帰るの? 私はお休みだから、帰る前に関空で会いましょう」
10年の時が過ぎて、関空で会いました。三度目です。
目の前の和可奈ちゃんは本当に素敵な女性に成長していました。
はにかみ屋さんでおっとりした雰囲気は変わらないもののすっかり大人です。
もう27歳。
あの時に緊張して喋れなかった女の子は、
USJに遊びに来て、たくさん並んだこと、
夜はゾンビが出てくるので怖いからスヌーピーの処で遊んでいたのと、
楽しそうに話してくれました。
この4月から正規職員として保育の現場で頑張っている事、など
搭乗までの短い時間でしたが、10年分のお喋りをしました。
なんか、胸がふぁ~っとするほど嬉しい時間でした。
メルアドを交換して、再会を約束して。

二人ともあの時のプリクラを持っていましたよ。
それもとっても嬉しかったですね。

また、沖縄に行く楽しみが増えました。









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by murikupana | 2014-09-24 10:26 | 日々のあれこれ

豊年祭の旅2014 その三

とりあえず、これを書ききらないと次に進めないので、
7月20日から23日までの旅、22日の記録です。


朝まず一番にチェックしたのは台風情報。
進行状況によっては今日の便で帰阪しなければなりません。
退院してすぐの母をヘルパーさんや妹頼みで来ていますから、
これ以上スケジュールが伸びたら…、ドキドキしました。
一緒にいったTさんが飛行機のスケジュールをチェックしてくれました。
決めるのは私ですが、親切に有難かったです。
結局、電話を掛けまくり、いろいろ考え、検討して、残ることに決めました。
腹をくくったということですね。

ということは今日はムラプール。
午前中はミンサー帯を購入したいという二人と付き合ってよりあい工房へ。
その後、パンナ公園、泡盛市場、そして島野菜カフェでランチ。
今日も美味しい食事です。
今回食べるものにはとても恵まれてはずれがなかったです。
これも美味しいもん処を一生懸命調べてくれた石垣の知人のおかげですね。
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さて、ムラプールですが。
正直、見るまでの感想はパワフルと聞くけど実際どうなのかな?でした。
芸達者な住民の皆さんの御嶽での奉納、プロではないし、どうなんだろう…。
でもそんな考えは吹っ飛びました。
保育園や学校など、団体単位で太鼓、踊り、唄三線など順に奉納していきますが、
それが半端やない出来です。
内地では一生懸命工工四や音源や聞いて稽古して歌を覚えます。
ここでは子供たちが幼い頃からちょっとできると
「上手だねぇ~」と褒めてもらえる。
植物が水を吸収するように身体で覚えていきます。
その違いは大きい!どんなに努力してもかなわない。
幼いころからのすりこみは凄いなと感じたわけです。
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お昼から夜まで、延々と、奉納芸能は続きます。
そして、参加者全員での大綱引きまで、心から楽しめました。最高でした。
夜になると旗頭に灯りがともってとても綺麗です。
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ここで暮らす人々の土地と、郷土芸能に対する心意気と言うか、誇りと言うか
ものすごいものを見せていただいたな、と思います。


終了して先生のお宅にご挨拶して、也さんともお話できて、
長い長い一日が終わりました。
近くの居酒屋でご一緒した友人たちとビールを飲みながら
「先生が言っていた歌が暮らしに根付いているってほんまや。」
しみじみとそう思いました。
体調の不安な母を大阪に置いての旅でしたが本当に来て良かったです。






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by murikupana | 2014-09-01 00:29 | 日々のあれこれ

なんだかなぁ

独り言です。

麻の足袋を買いに行きました。
店頭に並んでいるのは大手のもので、それは私の足型に合わないものです。
「○○はありますか」
「取り寄せになりますが…。」
「靴のサイズは22.5です」
「では、これで」と綿素材で試し履きするとフィットしたのでお願いしました。
自宅に帰り、確認すると23のサイズだったので、いったんストップの連絡をしました。

翌日自分の足袋を持参して店頭で合わせ、もっと悩みました。
私の足袋(23センチ)と店頭の23センチは1センチ近く違いました。
むしろ店頭の22.5センチと近いのです。
もちろん2年近く履いて水はくぐり、縮んでいますが、それにしてもこの差。
そしてお買い物は麻足袋。もっと縮むかも…。
店頭であれこれ質問してもこれと言った決め手の判断材料がありません。
らちが明かないので22.5センチを捨てる覚悟で
「では、それぞれ一枚ずつ。」と決めましたが、その時に販売員が言った言葉。
「足袋は普段置いていなくて、私も手に取った事がないので…。
 まして麻の足袋はわかりません。」

私の怒りはMAXになりました。

良くその場で怒鳴らなかったと思います。
同時に涙が出そうになったのです。
情けない。なんで自分でお金を払って、
こんなに気を使って、やり取りしないといけないのか。

が、その後、別のお店で懇意にしてるベテランの販売員さんと話して
気持ちは少し収まりました。
「その子、自分で私は知識ありません、バカです。と言ったんやね。」
「私やったら、わからなかったら、申し訳ありません。不勉強で。
 少しお時間をください。お調べさせていただきます。やね」

もちろんその人は履物に関してはプロです。
ですから多分知らない事はないはずです。
もっと若い頃はきっと失敗もされたでしょう。
でも販売員としての矜持があるから、
必死に知識や言葉の穴を埋めていかれたと思います。
「それとなく言っておくから・・・ね。」と慰めてもらいました。

その後の話です。

ググって調べ、そのメーカーに電話しました。
電話口に出られたのはご年配の男性でした。
私が意図を伝えると、商品の違いや洗濯による縮み具合を
明確に教えてくださいました。
サイズの提案もしていただき、結局大きい23センチを二枚に変更したのです。

ものすごく勉強になった一日でした。
足袋の販売員、履物の販売員、メーカーのおじさん、
そして私という口うるさい難儀な客
そして、呉服という業界の未来、
自分も販売員の一人として、プロの接客ができているのかどうか…
いろんな事を考えました。

とても疲れた気持ちの晴れない時間でしたが、
最後にそのメーカーの商品がもっと好きになりました。
この夏、初めて麻足袋をはきます。
はき心地、縮み方、色のあせ具合、自分で勉強しましょう。
聞かれた時にうまく言葉で伝えられるように。







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by murikupana | 2014-05-21 10:53 | 日々のあれこれ

軟骨ソーキ&ポン酢掛け

増税前に購入した圧力鍋。
お気に入りで使い倒している。

おためしメニューも底を尽きかけ、「はて。何作ろ?」となって
スーパーで見つけた軟骨ソーキ。
「そうやん、あれ!」

堺にある某有名沖縄食堂のメニュー「軟骨ソーキのポン酢掛け」
出汁で柔らかく煮てあって、ポン酢を掛けていただきます。
ホロっとやわらかい肉とコリコリした軟骨の触感の取り合わせが絶妙で、
しかもポン酢でいただくのでさっぱりとしています。

駄目もとでおそるおそる「秘密のレシピを教えてください」とメールすると、
「いいよ~!」と快く教えてくださいました。
で、今日、出来上がったのがこれ。
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美味しゅうございました。
なんとなく肉にボリュームがないのは、少しいただいてから気が付き
写真を取ったためです(笑)

でもなんですね。美味しいんですがなんか物足りない。
なんでだろう~と考えて気が付きました。

フ・ン・イ・キ!

沖縄食堂では、深海に居るような安心感と泡盛とそして八重山民謡。
しかも、師匠の声!
それもこれも含めて料理の味だと気が付いたわけです。
B様、秘伝のレシピの伝授、ありがとうございました。
美味しく出来上がりましたよ。
明日はもう一度煮反して、醤油味にする予定です。




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by murikupana | 2014-05-16 00:48 | 日々のあれこれ

17回忌

4月17日の備忘録です。

朝9時台の高野山特急にのり、高野山へ行きました。
お世話になった福永恒子先生の17回忌法要です。
今の私があるのはこの方が道を作ってくださったから。
実際に選んだのは自分ですが、
「おちかさん、こっちの方がええんちゃう?」と導いてくださり感謝しています。
天涯孤独だったので、お参りをするのは最期をみとった友人2人だけ。
お二人とも高齢で体調を崩され、今回は私一人でした。
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約束の時刻に間があるので、霊宝館へ。
ほんと、何処にでもいるこうやくんです。
もちろん、八大童子立像に会いたくて・・・ですが、残念、倉庫で休憩中でした。来年1月、あべのハルカス美術館の「高野山の名宝展」までお預けです。
でも深沙大将立像や四天王の広目天に会えたから、良いとしましょう。

西禅院のお坊さんの読経を聴きながら、
「先生、私も60を過ぎたよ。元気だよ。まだ働いているからね。」と
報告しました。静かに時間が流れて行きました。
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あちこちに咲いていた白い花。なんて名前でしょうね。

お昼はバス停前の食堂と決めているのですが、
残念ながら中央食堂「さんぼう」は臨時休業。
他のお店はハンバーク定食が1750円など、かなり高め。

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どうしようかなとウロウロしていると思わず
見つけたこの看板。
「なに?観光客も一般もOK?じゃ!」と
高野山大学の学食「キッチン山口」へ。
場所が分からなくて事務局で伺うと
快く教えてくださいました。















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このボリュームで500円。
全てバイキングです。
お精進かと思ったら違いました。やはり学生さんはお腹一杯にならんとね。




美味しかったし、超満足です。次回もきっとここにしているでしょう。

さて、今日はお稽古もあるのでゆっくりできません。
次回は最終便で帰るようにコースを組んできましょう。
「先生、また来るね」と思いながら、山を降りました。

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高野山駅の二階、待合室は
昭和チックなデザインです。
かなり傷んでいますが、
まだまだ残してほしいですね。





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by murikupana | 2014-04-21 21:54 | 日々のあれこれ

通し狂言 菅原伝授手習鑑

国立文楽劇場開場30周年記念、通し狂言菅原伝授手習鑑に行ってきました。
そしてこれは七世竹本住大夫さんの引退公演でもあります。
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泣くやろなという予感がありました。そしてきっちりハマり、泣き、酔いました。
文楽を見始めてまだ一年半、たった6回です。
そのうち5回の公演で住大夫さんを聴きました。長く見続けた人にとっては
「何だ、たった5回…」かもしれませんが、
でもそれでも最後に間に合って良かったと思います。

住太夫さんは桜丸切腹の段を語りはったんですが、
父親の白太夫の「南無阿弥陀仏」のお念仏の繰り返しのなんとせつない事。
泣けて、泣けて。
渋くて燻したような声、緩急の付いた説得力のある語りに引き込まれ、
時間を忘れました。言葉が美しく、品の良さ。
ご高齢やから引退もせんない事なんですが、正直もっと聴かせていただきたいと思いました。



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by murikupana | 2014-04-09 00:12 | 日々のあれこれ



ふとしたきっかけで八重山の唄に出会い 遥かに続く歌三線の道に精進するというか悪戦苦闘する大阪のおばちゃんの記録
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