むりく花ぬ 咲かりょうり

カテゴリ:日々のあれこれ( 222 )

ママ、素敵だったよ

日限 萬里子さん 享年62歳。14日癌で死去。
朝刊の隅に小さく掲載されていた。

「亡くなりはったんや。。。」

新聞に載るほどだから有名人。一般にはアメリカ村の育ての人として名高い。
でも私にとっては「ループのママ」の印象のほうが強い。

1969年、アメリカ村 三角公園の前に喫茶店「ループ」が誕生する。
その頃私は高校生で、初めて連れて行ってくれたのが同級生の陽子。
「お洒落な店があるんよ。ママもとてもカッコいいねん」
私たちはよく、学生服のまま出入りしていた。
ママはそれを見ても何も言わず、時代の空気は今よりもっと自由だった。

当時のあの通りは事務所・倉庫街で、
「VAN ジャケット」の本社や、デザイン事務所がある程度の静かな町並みだった。
街行く人はそれとなくお洒落で、大人が似合う町だった。

「ループのママ」はむちゃくちゃカッコよく、髭のマスターとお似合いだった。(当時は結婚?していた。)
そのかっこよさは半端やなかった。
ちょうどそういうものに漠然と憧れを抱く時で、あんな大人になりたいと思っていた。
高校・大学と通いよくかわいがってもらったけれど、就職して足が遠のいた。
その間にママは「ループのママ」から「アメリカ村のママ」へと変身していった。
東京から帰って時々は遊びに行ったりした。
けれども、私にはアメリカ村・堀江界隈は居心地のよい街ではなくなっていた。

知人から、癌で闘病していると聞いていた。
「負けない」と言っていると聞いて、頑張ってほしいと密かに応援していた。

本当にお疲れ様でした。
まだまだこれからいろんなことが出来る人だったのに、太く短く生きてしまって。。。
今頃は彼岸で陽子とお茶を飲んでいるかもしれない。
ご冥福をお祈りします。
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by murikupana | 2005-03-16 10:23 | 日々のあれこれ

歯医者

母を歯医者に連れて行った。
15年ほど前に右下奥歯を5本一緒に金冠を入れた。
そこが調子が悪いようで、ぐずぐずしていたがエイヤッと連れて行った。

強気な母だったが年のせいか最近弱気でしかも怖がりときている。
先生が麻酔をして治療しましょうと言われたのをどうやら私に断ってほしかったようだ。

先生の話をじっくり聞いてみると
「お年のわりに8020に近く、治療をすればもう少し持ちますよ」とのこと。
(80歳のときに20本の歯があることが理想らしい。)
母はがちまやぁなので、おいしく食事をするために、
またもっと高齢になってからの治療は嫌でしょう。。。と説得して治療してもらうことになった。


この5本一緒に金冠をかぶせるという治療は今はされていないらしく、
先生も「僕もこんな方法は習っていませんとのこと」
金冠を切断して歯を露出すると一番奥の歯はもうグラグラ。
即「これはだめですね。後は何とか大丈夫です」との宣告がなされ1本を抜く。
ほんとに簡単に抜けて、寿命だったのがわかる。

怖がりの母にしてはよく我慢したが、
合計2時間の治療はかなりどきどきしたらしく家につれて帰るとぐったりしていた。
先生も私がずっと傍で見学しているのでやりにくかったろう。
私はと言えば、先生の治療をずっと観察させてもらい、とても興味深く面白かった。

これから毎週水曜日は母の歯医者通いにに付き合うことになる。
先生がホッとしたように私に向かって「水曜日は付き添えるんですね」と念を押していた。
どれだけ母が「怖い」を連発したか想像が付くだろう。
あぁ。。。。
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by murikupana | 2005-02-24 00:53 | 日々のあれこれ

八重芸

八重山芸能研究会の昨年の発表会のビデオを借りた。
初めて彼らの活動を知ったのは、2002年3月のこと。
守口市民会館で関西講演が行われた、そのときが最初だ。

まだ唄三線を始めてすぐの頃で、何を聴いても見ても新鮮だったのを覚えている。
一緒だった昔からの友人3人のうち、多分私が一番何も知らなかっただろう。
一人はご主人が沖縄の人、一人はそのときすでに新人賞、残りの一人は八重山のヘビーリピーターである。
パンフレットを手にいろいろ教えてもらいながらの鑑賞だったが、素直に楽しめた。

島に合宿に行き、伝承された芸能を地元の人から直接学ぶという。
わずか4年の間に芸大生でもないのに、これだけの唄が歌えるようになるって素直に凄いと思う。
私が学んでいるのは昇華された節歌で、純朴な島の歌を聴けるチャンスはそうない。
だからいつも楽しみにしている。

本当は島の空気とともに祭りを体験できたらもっと良いんだろうけれど。

今夜ゆっくり見よう。
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by murikupana | 2005-02-17 00:55 | 日々のあれこれ

神経衰弱?

c0023461_2319019.jpg京都の友人が一人暮らしを始めたので
ぷらっと遊びにいった。
10年来の友人で、
若いけれども私には唄三線の先輩になる。
なんともいい声で
「こんな風に歌えたらいいなぁ」と憧れている。

初めての一人暮らしと聞き
ちょっと心配していたが彼女の性格そのままに
きちっと片付いたこじんまりとした部屋。
彼女の韓国旅行のこと、私の那覇での稽古のこと、共通の友人の話。。。と花が咲く。



最近お気に入りでよく作るという韓国料理をいただき、お腹ごなしにCDを聞く。

彼女とは流派が違うのでお手本にしている先生が違い、それがCDコレクションに現れている。
私が持っていないものを彼女が持っていて、それらを集中して聞く。
途中で「波照間のしんしんの歌を聴く?」となり、どさっと出てきたのがこのMDの数々。
今までのお稽古を録音したもので、
録音したのはいいけれど、タイトルを貼り付けていないのでどれがどれやらわからない。
彼女にはなんとなくわかるらしく、「あ、これこれ」「次はこれ」とかけてくれる。
まるでトランプの神経衰弱のよう。
しんしんは亡くなられたので、思い出の声。彼女にとってとても大切なMD。

楽しかったなぁ。しばらくぶりにゆったりと聴けた八重山民謡。

でも。。。。部屋の整理整頓は上手なのに、すべてが片付け上手とはいかないようだね。
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by murikupana | 2005-02-12 22:19 | 日々のあれこれ

2月6日 中城城跡

今日が那覇滞在の最後の日。ネットで知り合ったMさんと初めて会う。
「案内するから~」といわれ、厚かましくもお願いする。
ホテルまで迎えに来てくれて「Mさん!」と思った瞬間ハグハグしてしまった。横で目を丸くするBさん。
明るくて向日葵のような感じの人と思った。沖縄ではデイゴのようなと表現するのだろうか。

車は一路、中城へ。
私は城址は一度も行ったことがない。Bさんいわく一番好きな城址だそうだ。
城址だから建物はなく土台の石垣のみ残っている。
行ってみてはじめて気付いたが、実に壮大なところだ。眼下に一望できる海や遠くに見える久高島。
550年前にここでどんな会話がなされたのか。。。護佐丸は何を思ったのか。想像するだけで楽しい。
地元のボランティアの外間さんの説明が的確で、この歴史に残る城址に誇りを持っていることがひしひしとわかる。
彼にガイドをお願いしてくれたMさんの心使いがうれしい。
城址の管理事務所の飼い犬が前になったり後ろになったりしてついてくる。
渡る風が心地よい。
寒緋桜がぼちぼち咲いている。始めて見たけれど、花びらが固って咲き、下を向いている。
色は桜色と言うより、桃色に近い。びっしりと咲き誇るというよりもっと控えめな感じだ。
沖縄って桜が北から咲いてゆくんだそうだ。


帰りたくない。そう思っても明日からはぎっしりと仕事が待っている。
この3日間、自分の唄三線に対する気持ちが確認できた。もうふらつくのはやめよう。
唄のセンスは頑張って何とかなるものではないが、努力は惜しんじゃだめだ。
弱音を吐くのはもうちょっと後にしよう。
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by murikupana | 2005-02-09 22:53 | 日々のあれこれ

リカバリー

ほんとパソコンって大変。調子が悪いと何もできない。
昨日2度目のリカバリーをして、今日さっき終了した。
もう空港に行かなければ。。。ご心配かけた皆様方、OKです。

では、師匠のもとに行ってきます!
はぁ~、今から緊張している。
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by murikupana | 2005-02-04 10:20 | 日々のあれこれ

内示

人事異動の内示の日だった。
セールス活動もそこそこに三々五々同僚が帰社している。
いつものこの時間帯より人口密度の高い事務所だ。
大きく組織が変わるといううわさが絶えなかった。結果そのとおりになった。

私は変わらなかったけれど、周りの入れ替わりが激しく、同僚に気の合わない人が多くなる。
給料をもらっているのだから、気の合う、合わないは言えないと思うけれど、
「おはよう」から「お先に」までたぶん気を緩められないだろう。
このしんどい時代に少しでも会社の状況をよくしようとして実施される人事異動だから、
この結果がよい方向に動いてほしいと思う。
いや、動かしてゆくのは私達なんだけれど。。。


今まで何年も仕事でしんどいときには師匠のCDを聞いてきた。
声で慰められ、癒されてきた。精神安定剤のようだった。
一時はCDを離せなく、朝夕の通勤の友となっていた。
今も通勤の友だけれど、それは歌を聞いて学ぶため。
今は癒されるというよりは集中したり、緊張したり、ばかりだ。
今日の帰りもそうだった。きっと7月が過ぎるまで、緊張して聞いてばかりだろうなぁ。
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by murikupana | 2005-01-31 22:01 | 日々のあれこれ

救急車

母が2度目の救急車を呼ぶ羽目になってしまった。
一度目は食べすぎによる急性腸炎。そして2度目が風邪による吐げ下し。
年をとると一番弱いところに症状が出るんだろう。どちらも胃腸にきてしまった。

最初はびっくりしたが、2度目はそうでもない。
仕事中に電話がかかったが、「今すぐは帰れないから自分で呼んで。
病院についたらまた電話して」と結構非情なことを言ったがしょうがないね。
事実商品お届けの最中だったんだから。。。
病院に着いたら、点滴を受けていた。


青春時代が戦争で食べ物に不自由したせいか、彼女は食べることが大好き。
いつも私よりも食欲がある。
その人が食事制限とは辛いだろうと思うが、しょうがない。
重湯、お粥、お饂飩、と消化のいいものばかりが続く。
そして私はおさんどんの時間が続く。休日なのに稽古もままならない。
ずっと台所に籠ったままだった。


ふと「介護」という二文字が浮かぶ。プルプルプル。。。

お母さん、もうちょっと待って。もう少し時間頂戴ね。
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by murikupana | 2005-01-23 22:34 | 日々のあれこれ

36年前の民謡紅白

おねだりした訳ではないけれど事の成り行きで、
師匠が36年前の民謡紅白のDVDを送ってくれると言う。
琉球放送開局50周年記念特別企画で12月に放送された番組だ。
素直にとても嬉しかった。なんといっても出演者が涎が出るほど、ゴージャスだ。

楽しみに待っていたら昨日ついた。
逸る気持ちを抑えてプレーヤーにセット。
目に飛び込んできたのは白黒の画像に、
髪をクルクルとセットアップしたむちゃくちゃ若い北島角子。
舞台装飾は中央で孔雀が羽を広げ(ちょうど酉年)、電飾がピカピカしている時代物だ。
そうかぁ。白黒やったんや。なんともノスタルジックな感じ。


でも北島さんのおしゃべりを聞いているうちに、一気に引き込まれてしまった。
正統派のウチナー口。ほとんど雰囲気でしかわからない。
現代の沖縄発のTV番組はアナウンサーなども、私たちにもわかるように喋ってくれるが、
この時代はそんなことお構いなし。
北島さんのちょっと早口のおしゃべりは速射砲のようにリズムがあって面白い。

宮良康正の「与那国ぬ猫小」から始まり、
上原正吉、大城志津子、玉城安定、国吉源次と続く。

みんな若い。けれど力がはっきりわかる。
だって三線1本だけだもの。
洋楽器の伴奏なんて無く、ひたすら自分のひく三線のリズムを信じて唄をのせてゆく。
この清さ、ひたむきさ。
ん~ん、参った。凄いわ。なんて先輩たちでしょう。

で、私の大好きな大濱みねさんは「でんさー節」
私は彼女の音源はテープ1本しかもっていない。
歌三線を始めて最初の頃、女性はどう歌っていいのかわからず、
ずっと彼女のテープを聴いていた時期がある。
「どんな人なんだろう」と
想像していたよりずっと若い映像とともにつややかな歌声が流れる。
かなり緊張しているのか、最後のでんさ~の部分が少し震える。
かなわんなぁ。私はまだまだこんな歌い方できない。


続いて歌う山里勇吉先生の後ろにわが師匠の姿が。
若くて、初々しくて、時々勇吉さんにチラッと送る視線は、今、 N吉さんが師匠を見る目と同じだ。
恋しているんだねぇ、これって。「八重山の歌」に魅せられたのか、師匠に魅せられたのか。
この当時の師匠の歌声は勇吉さんそっくり。
今N吉さんは師匠と息継ぎまで真似ようと努力している。
勇吉さんの「中筋ぬぬべーま」 師匠は三線の伴奏しかさせてもらえなかったが、
きっと緊張してバックを勤めていたんだろうなぁ。

このDVDは私のお宝になりそうだ。良いお年玉をいただけて嬉しい。
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by murikupana | 2005-01-05 22:39 | 日々のあれこれ

民謡紅白

お正月の楽しみは、民謡紅白、東西民謡を見ることに尽きる。
もちろん沖縄県人だったらTVのスイッチポンで簡単なんだけど、
私は県外だからそういうわけにはいかない。
年末から那覇在住の友人に頼んでビデオに落としてもらって送ってもらう。
500円で郵送できる「エクスパック500」のお世話になっている。
本日無事に届き、ワクワクしながら荷解き、そして鑑賞となる。

フムフム、ここが去年と違うね。。。と思っても、これは縁起物の番組なのでそんなに違いは無い。
CMも含めてすべてが面白い。

でもあえて言えば、民謡界の重鎮と呼ばれる人の出演が少なくなってきて、
中堅から若手に移っているのかなぁと感じる。
でももっとほかの要素があるのかもしれないが、ま、そんなことはよくわかんないし
あまり知りたくも無い。

師匠、師匠。。。と

今年は民謡紅白で「とーがにすーざー」(苗子さんの琴、屋嘉部さんの笛)
東西民謡で「鷲ゆんた」(伊藤さん、有馬さん、屋嘉部さんのコーラス)の2曲。
八重山を代表する曲だけれど、酉年に「鷲ゆんた」ってべたねぇと微笑みながら、その声を堪能する。
しみじみと「ええ声やん。。。!」

なかなか師匠のように歌えないけれど、ゆっくりしかついていけないけれど
今年も目指してゆこう。
課題は一杯ある。直さなきゃいけないところばかり。頑張れ!

まずはリーダー会での曲も練習しなきゃ。。

ん?師は大工哲弘です。
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by murikupana | 2005-01-04 20:08 | 日々のあれこれ



ふとしたきっかけで八重山の唄に出会い 遥かに続く歌三線の道に精進するというか悪戦苦闘する大阪のおばちゃんの記録
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