むりく花ぬ 咲かりょうり

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整理整頓

地下の食料品売場でバタッと友人に会った。

かっこいい人で実はお坊ちゃまなんだけどそんなこと微塵も感じさせず、
ジャズバンドのマネージャーでベース弾き、文楽鑑賞が好き、
そしてイベントまでやってのける。
職業が紳士服のオーダー専門。社長さんである。
何故こんなこと書くかというと・・・

「見つけたでぇ」
「何を?」
「見てるだけにしとくわ(笑)」

「・・・・・・?・・・・え゛ーーーー!!」

二つほどの言葉を入れて検索すると20番目くらいにあったそうだ。

この間文楽を見に行った後、飲んでいてブログの話になり、作っているとは言った。

でも探すとは思わなかった。
見つかるとは思わなかった。
だって星の数ほどブログがある中で、ヒットするとは思ってもいないもの。

照れくささのほうが先にたつね。
見つかった物しょうがない。堂々といきまっしょい!

さて今日は一日休み。全くのオフ。
この間から気になっていること。聴きたいCDがすぐ見つけられない。
で、CDの整理整頓にとりかかろう。
頂き物の録音CDも背タイトルの付けられるケースに入れ替えて・・・と。
もう一度曲リストも沖縄民謡、八重山民謡、その他に分けて作り直し。
時間がかかっても楽しみな作業。
なんかオフっていいな。
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by murikupana | 2005-07-30 11:45 | 日々のあれこれ

聴き続けること

お中元の慌しさが一段落して
ここのところ早く帰宅できる日が続いている。
食後、PCを弄りながら師匠の初期の音源からランダムに聴いていると
その時々のことが思い出されて懐かしい。

1995年のCDはまだ紙のパッケージ。
角がかなり傷んでいて白くなりつつあるけれど、私には大切な一枚。
よく通勤電車の中で聴いていた。
辛い時も嬉しい時も、一番出番が多かった。
ジンタばかりのCDはカセット録音して聴きながら走っていた。
何ともテンポが良く、これでニューヨークシティマラソンが完走できたのだから。


聴き続けることの大切さを思う。

私のように遅くに民謡を始めたものは、勘も、喉の柔らかさも若い人には敵わない。
でもずっと聴いてきた時間の長さは誇れる。どんなにドンくさくても聴き続けると記憶のどこかに、何か残る。
難曲と言われる唄でも、なんとなく鼻歌で出てくるようになる。
時間がかかっても結局はそれが近道。

若い人にはとにかくいろんな曲を聴いて欲しいと思う。
大阪は、八重山唄のコンサートがこんなにある恵まれた環境なのだから。

まずは8月の京都のライブ。
今まであまり歌わなかった八重山歌が聴けるらしい。密かに楽しみ。
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by murikupana | 2005-07-25 23:49 | お稽古

駄目出し

昨日は師匠の京都でのライブ。
私たち年長組6人はわしま大工のエイサー隊地謡で前座出演。
演目は鷲ぬ鳥、目出度節、固み節。
少しでも大きな舞台で経験が積めるよういつも考えてもらっていて有り難いと思う。
そのリハでの出来事。

三線も持たず、立ち位置を決め、口三味線でエイサー隊と合わせる。
リハなので体も気持ちもリラックスしているので、良い調子で歌が出る。

さぁ、後は衣装をつけて・・・と舞台を降り裏へ入るとそこに師匠が。
顔は笑っているが、目は笑っていない。
「ち~とし~ではなく、ちとぅ~しだからね・・」 
ぎゃっ!直前に駄目出しをもらってしまった、固み節の一節に。
トホホ・・また「ウ」行だよ。もうほんとにすぐ緩む唇なんだから・・・

気を取り直して本番にのぞむが、手を2箇所ほど間違えて、
「ちとぅ~し」と歌えたのは1番と2番のみ。
手を間違えたと思ったとたん、頭の中から「ちとぅ~し」は消えていた。
あぁ~ぁ・・
たぶん簡単に思っていたこの固み節にカリカリになるんだろうねぇ、私。
最後のフレーズ自転車に乗りながら繰り返していたりして。


師匠のステージはいつもと演目が少し違っていて新鮮だった。
「木綿花」という初めて聴く歌。
「昼の子守唄」お爺ちゃんになって子守唄が多くなるんだろうねぇ。
そして多分あがろーざと来るよと思わせて、地元の「竹田の子守唄」そして「まみとーま」 
師匠の「昼の子守唄」は多分初めて聴く。なんて新鮮。
太い男声の子守唄ってなかなか良いもんだ。

「親マリ節」も音源では聴いたことはあるが、ライブでは多分初めて。
いやひょっとしてまだ八重山の歌をあまり知らなかった頃に聴いたことがあるかもしれないけれど。
まんがにすざ節とルーツは一緒と思う。

そして最後に「とぅばらーま」かなと思えば「小浜節」だった。
最後の駄目出しのこの1曲。
「小浜節」はこうして歌うんだよ、よく聴いていなさいと言うこと。
集中して稽古したからか 一つ一つがよく理解できるんだけれど、いや、凄かった。
あんなふうに歌えるには後どれだけ稽古すれば良いんだろう。

Kタンの笛の駄目出しと合わせて夏の京都 『駄目出し3連発』
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by murikupana | 2005-07-24 21:46 | お稽古

カセット4本組

c0023461_20433982.jpgコンクール終了後の那覇で、師匠の'87年の音源を見つけた。
情報は入っていた。
那覇在住の友人が、此処にあるらしいと教えてくれていた。
コンクールがメインだし、体調悪いし、行けるかどうかわからなかった。

今日は大阪へ帰る最終日、
Bさんと一緒にご家族へのお土産を探し、ふぇーぬ窯でお茶した。
Mちゃんから宿で一緒になったドイツ人が三線を欲しがっている、
どこが良いですかという電話も入り、
あっという間に那覇での最後の時間が過ぎていく。

「ぼちぼち空港へ行こう、今回まちぐぁーを歩いていないので抜けてゆこうよ」
で、まちぐぁーをプラプラしていると、何か匂ってくる。
ふと見ると時計とCDが一緒に並んでいる。
ピンときた。
「ここ!『照屋時計店』ちゃう?ここやん、ここ!」
時間が迫っているBさんに構わず、お店に入った。

「あのぅ・・・古いカセットの4枚組を探しているんですけれど・・・
 多分20年位前だと思います。」

お店のおばさんは一生懸命探してくれるんだけど、出してくれるのはCDばかり。
それは全部持っているんだって・・・!
若いお姉さんがお店の前のショーケースからおもむろに
「これですかぁ~?」と黄色いビニールケースを出してくれた。
「あったぁ!」
でもケースは、半分くらい陽に焼けて色が変わっている。
ここが思案のしどころ。
「音鳴りますか?」
「もちろん、大丈夫よぉ~」やけに明るい声に・・・賭けやなぁ・・・と思いつつ、購入を決める。

急ぐBさんにはとっくに見捨てられていた。

帰りの飛行機の中でビニールをはがす。
ボックスを開けるとふぁっとカビ臭い。鳴るんかなぁ・・・ドキドキドキ。

帰阪して早速ちょっとだけ聴く。
「んふ、鳴るやん・・・」
今、1本ずつCDに焼いている。これで何度でも、思いっきり聴ける。
Oさん、情報ありがとうね。感謝!
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by murikupana | 2005-07-20 20:51 | お稽古

だぁー!

三線クラブにMちゃんという可愛い女性が居る。
なつっこい子で、私は彼女のお母さんより年上らしい。
だから、子猫のようにミャウミャウついて来る。
この夏コンクール前に早く那覇入りし、研究所で先生にお稽古をつけてもらった。
そのときの印象が余程強烈だったらしい。
那覇で顔を見るなり私に言った。

「ねぇさん、先生はだぁー!っとしか言わないんですよ」
「はぁ?」
「歌い方や音程が間違っていると一言、だぁー!って・・・
 あんなこと、大阪では絶対に言わないですよね」
「・・・・・」
「でもね、もっと凄いのは、言われたほうも結構ニコニコしてるんです。
 怖くないのかなぁ。私あんなふうに言われたら震え上がっちゃう」

そうだね、
駄目の「だぁー!」
何故これが出来ないんだの「だぁー!」
稽古しているのか?の「だぁー!」

言う方も言われた方も何故そう言われたか判っている、信頼関係がある印。
研究所とサークルの違い。

早く大阪でもそうなれば良いなぁと密やかに思う。
「教えてください」でなく、「稽古してきたので聴いてください」
そして「だぁー!」
いいなぁ、こういうの憧れるけれど、自分がそのレベルに達していなければ
何故「だぁー!」なのか判らないだろう。
おっとそう思う前に固み節の稽古、稽古。早く手を入れなきゃ・・・
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by murikupana | 2005-07-20 17:52 | お稽古

お守り

c0023461_055042.jpg縁起を担ぐわけではないけれど、一杯練習しても、大丈夫と思っても、
何かにすがりたくなるときがある。
今回のコンクールで私が手作りしたお守り。
ミンサーのお守り袋は前回の那覇行きの時に購入。
三線は京都の友人からいただいた。
棹の部分に小っちゃい字で何か書いてある。
ガーゼに包んであるのは、
精油を垂らして香りを持続させるためのセラミックの玉が入っている。
使ったオイルはリラックス効果のあるスゥイート・オレンジ。

そしてここには写っていないが実はもう一つ大事な物。
それら総てをこのお守り袋に入れてバサーの懐に抱いていた。
待機中にドキドキした時は懐から取り出してぎゅっと握り、再び懐に・・・
はたから見たらきっと変だったろう。

ご利益は、合格出来たからきっとあったと信じている。

島にんじんの模様の手ぬぐいは暑かったので大活躍した。

ちなみに三線には、「大丈夫さぁ。きっと歌えるからね。」と書いてくれたそうだ。
友達に感謝。
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by murikupana | 2005-07-18 23:45 | お稽古

M君

入ってすぐのソファに、入り口に背を向けて座るのが定位置だった。
「さよなら港」が得意でいつも弾いていた気がする。
早弾きのジンタの曲が好きだったね。歌うよりは三線を弾くのが好きな感じだった。
無口で無愛想で、寂しがり屋に見えた。そのくせ突っ張っていて。
クラブでは私より先輩?のような気がするが、二周り下の同じ干支。
何を考えているのかよく解らない若者だったが、ある時、
「八重山民謡をやりたい。稽古してきたので聞いてください」と一期生の練習日にやってきた。
歌ったのは鷲ぬ鳥。八重山の歌にはまだまだ遠かった。
それ以来一度も練習には来なかった。

何ヶ月かして、「移住します」と大阪を離れた。
そして那覇の研究所に稽古の場所を求めた。
師匠が来阪されたとき余程親しくならなければ、呼び捨てにはしない。
いつも大阪では「Mくん」だったのがいつの間にか「M」になっていた。

今回私は優秀賞、彼は新人賞、同じ受験者。
余裕がないはずなのに私にとても優しく接してくれた。

「お茶、飲みますか」
「熱は、まだあるんすっか」
「少しは、大丈夫?ちょっと寝ていたら・・・」
「今どの辺かちょっと見てきます」
「時間かかりますよね」
「なんか、飲みますか」・・・・打ち上げ会場で真っ先にビールをついでくれた。

ねぇ、いつからこんなに優しくなったの?
すごく嬉しかったよ。一杯一杯気を使ってもらって。
私、大阪であなたにそんなに優しくなかった。無愛想な若者と思ってちょっと引いていた所がある。

ごめんなさい。そしてありがとう。

沖縄が、風土が、そして今、周りにいるすべての人があなたを変えたんだと思う。
それを感じてとてもほんわかとした気持ちになった。
そうそう、アルテで聴いた課題曲の「鷲ぬ鳥」とても上手になっていたよ。新人賞、合格おめでとう。
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by murikupana | 2005-07-13 00:25 | お稽古

今後の課題

大阪へ戻って二日目に平熱が36.5度に降りた。
私のコンクールがやっと幕を降ろしたような気がする。

早いものでもう1週間たってしまった。

この間、毎日の通勤でしていたことは、優秀賞を歌ったときの録音テープを繰り返し聞くこと。
次のステップに行くためには、今の自分の歌をチェックしなければ始まらない。
まずは新人賞のテープから。
これは2年の間に2回聴いただけだったような・・・・なんという怠け者。

「つぃんだら節」 フムフム。
丁寧に歌えているけれど、私がこの2年苦労した「元」が総て入っている歌。
苗子さんに「コーラス部だったでしょう」といわれた、綺麗に入っているビブラート。
屋嘉部さんにも「これが取れるまで歌謡曲のカラオケ禁止」といわれたっけ。
高さが自分にあっているからか裏声には返っていないけれど、
なんとなく予兆のある「すぅ~り」の部分の声の質。
気持ちよく歌っていると顔を出す、ふぁぁーと大きくなったり小さくなったりする声のボリューム。
今はそれが『八重山歌を歌うには欠点』だと理解できる。

「小浜節」
大阪は反対だったら良かったのに・・・と言われたように小浜節が好きな男性は安里屋に、
女性は小浜節にとすっぱり分かれてしまった。声の質とか高さとかを考えて師匠はそう思われたのだろう。
しかも私は好き嫌いで言えば、「え゛~!!」と感じたように小浜節は苦手な歌だった。
そして仕上げに集中しなければいけない時期の体調不良。
絶体絶命の崖っぷちに立たされての受験は、今までに歌いこんだ時間、量を信じるしかなかった。

今後の課題点。
1.スピード
「そんなに急いで、どこへ行くの。」と師匠に言われたスピードはお蔭様でゆっくりなっていたけれど
歌が始まるとほんの少し速くなっている。
直前稽古で北海道のM・Yさんが歌ったあと、
「北海道はこの歌があっているんだね。おおらかでゆったりしている。」と師匠が言っていた。
歩く歩道のある大阪は、なんにでもスピードを優先してしまう。
八重山の海の寄せては返す波のリズムが早く身につかないとね。せっかちさんは今日で卒業。

2.声がぶら下がる
小浜節は最初の「くも~ま」の「ま」が三線の四に乗っからないと、後全部がぶら下がってしまうからと注意を受けた。
「ま」を乗せるには「も」の下老の音が安定しないと乗り損ねる。
注意を受けたその後はずっとそのフレーズの部分のみ、繰り返し稽古した。
家族や近所のには騒音だったろうけれど、おかげですっと乗れるようになった。
テープを聴くと、全体に三線に乗っているが2番の「稲粟ぬなをり」の声を張り上げる部分
「をり」の後半音が下がっている。気力とお腹の力をいかに維持させるか、課題。
まだ高音部は少し声が裏返るが、細くなることはかなり改善されたみたい。
歌っているときに、声を前に、前にと念ずることも大事とわかった。
声の質を変えずに維持させることが。

3.声を呑まない、鼻に掛けない
那覇に伺って稽古付けていただいたときに指摘された、
「声がまっすぐ前に出ていないよ。飲んでは駄目」といわれた部分「すぃ~ま」は前に声が出ていた。
ライブとか人前で歌う回数が増えると、かっこよく聞こえるようにと歌い方や、
声の出し方に妙な装飾が入ってしまう。カラオケもそうだと思う。
そういうことを一切止めて取り組んだので、修正できたのだろうけれど、
「な」はまだ鼻に掛かっている。今後も要注意。

4.「ぬ」は、「ぬ」とうたえていた。嬉しい。
私は「う」行が苦手。「ぬ」が「お」に聞こえる。
特に音が高い部分で伸ばすと口腔が無意識に高くなるので「う」が「お」になる。
(「稲粟ぬなをり」のところ。今からではコンクールまでには直らないのでその部分のみ自分に許したが、
ほかの細かい部分は総て「ぬ」と歌おうとかなり意識した。北海道のM・Yさんはここがちゃんと「う」と歌えていた。凄い。)
唇を甘やかしてはいけない。

5.ビブラート
安心して出せる音の高さで時折顔を出しそうになるビブラート。
かなり減ったし、この小浜節はほとんどないけれど、油断大敵。唇と同じく斜腹筋も甘やかしてはいけない。

同期の歌を聴き、自分の歌を録音しては聞き返し、先生に指摘されて少しは上手と思っていた鼻がへし折られ、
後から後から清水のように湧いてくる若い仲間の綺麗で素直な歌声に焦り・・・した日々だった。
それなら辛くて嫌だったのかと聞かれるとマゾではないが、この苦しみの日々が楽しかったと答えられる。
ますます八重山歌が好きになる。コンクールのおかげで「小浜節」も好きになれたし。
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by murikupana | 2005-07-10 11:05 | 日々のあれこれ

琉球民謡音楽協会 第4回民謡コンクール

優秀賞に合格。
2005年7月3日 日曜日 西原町中央公民館

「50番 小浜節」
司会の声に舞台に呼び出され歌い終わるまで、長くそして短い凝縮した時間。

左手に山里勇吉先生が座っているのも、
そして中央に師匠が腕を組み目を閉じて頭をたれて座っているのも見えた。

「大丈夫、絶対出る」 自分に言い聞かせるようにちんだみをして、ずっと向こうの照明室のライトを見つめて一心に歌った。
歌い終わって舞台袖に戻るとKタンが飛んできてくれた。
「声出てました。会場後ろまで十分届いていました。良かったですよ。」 
腕をぎゅっとつかんで報告してくれた。
・・・・・・・痛いってばさ、君は力が強いんだから・・・・・・ ボーっとどっか遠くのほうで思っていた。
次の瞬間泣き出していた。嬉しくて、嬉しくて。

「ねえさんのいつもの歌いっぷりでした。大丈夫っす」

そう、声が出るかどうかぎりぎりの状態での那覇入り。
普通は追い込みで細かい部分の修正や最後の歌いこみをするこの2週間、私は全く声を出せなかった。
体調管理に失敗して風邪をこじらせ喉が腫れ、微熱が続いていた。咳も出る。
明日は熱が下がる、明日は・・・・・きっと下がる。
でも下がらない。
「行けなかったらどうしよう」 泣きそうな気持ちで布団に入る。
そんな毎日だったから、ここまで来れて、しかも声がちゃんと出て、歌いきれた。
ひたすらそのことが嬉しかった。


合格発表の時、私より先に番号を見つけてくれたのもKタン。

「あります!合格です!」
私は目がしょぼついてまだ見つけられなかった。

ふぁぁーっと周りが白い中にくっきりと50の数字が読めた。


多くの人にお世話を掛け、後輩の想いをいただき、チャレンジしたコンクール。
2年間の稽古の結果を出すことが出来て、今はホッとしている。
たかがコンクール、されどコンクール。
歌うことの難しさが解るようになりびびったこの一年。
やっと階段を一段上った。逃げなくて本当に良かったと思っている。
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by murikupana | 2005-07-04 23:21 | お稽古



ふとしたきっかけで八重山の唄に出会い 遥かに続く歌三線の道に精進するというか悪戦苦闘する大阪のおばちゃんの記録
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