むりく花ぬ 咲かりょうり

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勤務最終日

4月10日、勤務最終日でした。
5年間の再雇用勤務が終わりました。
大学卒業してから職場は3つ変わったけれど、43年間、よう働きました。
もっとセンチになるかな?と思ったけれど、案外そんなこともなく淡々と。
百貨店の常で、最終日が遅番というのもご愛敬でした。
同僚や、売場ののアルバイトさん、そして以前に在籍していた職場の方から
表彰状や、お膳別、普段絶対買えない大きな花束など一杯プレゼントされて
まるで宝塚のトップさんのようでした。

勤務を終えて女子ロッカーに行くと、
これだけ花束や何やら持ってたら気づくよね。
「え、山本さん!ひょっとして?」
「そうだよ、今日が最終。今までありがとうね」
「え~~、会えてよかった!、元気でね」とあちらこちらでご挨拶できました。

結局43年間の内、大和商事が8年半、アトリエコロが3年半、阪神が31年と
阪神が一番長くお勤めしたことになります。

どれだけの部署で仕事したのかなと数えると10個ありました。

商品企画室
家具・家庭用品部
ディアモール大阪準備室
海外事業部
販売促進部
呉服・美術・宝飾部
法人外商部
家庭外商部
エビスタ阪神
タイガースショップ と賑やかやなぁ。

一つの部署で長く仕事をする専門職に憧れますが、
「百貨店勤務はどこへ異動させられても、そく戦力となる総合力を求められる」と
頑張ってきました。仕事好きですし異動は苦になりませんでした。
それぞれの部署で上司や仕事に恵まれて良いサラリーマン人生やったと思います。

でも、もし、もし「今までの職場でどこが一番よかった?」と、聞かれたなら、
迷わず一つ目の会社、大和商事と答えるでしょう。
私が百貨店で長く仕事ができる基礎を作り、育ててくれたのはそこだから。
倒産してしまって今はもうありませんが、社会人として多くの事を学びました。
学卒の生意気なペーペーを、本当に根気よく指導していただいたと思います。
大和商事で教えてもらったことが阪神百貨店で活きました。心から感謝します。
今でもタイムカードを押して最終電車に乗るために
神泉駅へダッシュしている自分を懐かしく思い出します。

これからどんな時間を過ごすのか、まだ一週間しか過ぎていないので
実感がわきませんが、昨日までの自分に笑われないように、生きたいと思います。











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by murikupana | 2017-04-22 00:28 | 日々のあれこれ

何度目かわからない救急搬送と医者のあれこれ

三線の稽古日。
野田阪神についたところでヘルパーさんからのショートメール。
「キヨさんがしんどいから救急車を呼んでと言ってます」
やれやれ、いつもの発作と私はわかっているけれど、
ヘルパーさんはそんな事に慣れていません。
ちょうど一週間前も同じような状態で、
私と連絡がつかなくなって焦っていたっけ。
病院についた頃には良くなるとわかっていても
ほっておくわけにもいかず、救急の手配してもらってとんぼ返りしました。

湊町にある富永病院に着くと母は処置室で点滴を受けていました。
待つこと一時間。
呼ばれて入ると母は「ん~ん、ん~ん、痛い~」と唸っていました。
(慢性心不全は不整脈が起きるので、気持ち悪くてしんどかったり、
 心臓が痛いと感じたりするそうです)
処置してくれた桑〇医師はPCのデータを見ながら説明してくれました。
「BNPがこれこれで、CREAの値がこれなので
 心臓以外に腎臓もダメージがあります」
「では、今夜は入院ですか?」
「いや、この値では入院の基準を満たしていません」
「は?どういうことですか、それ?」
「じゃ、先生はこんなに唸っている母を
 タクシーに乗せて連れて帰れ!というんですか?
 よくそんな非人間的なこと言いますね」
「いや、そんなふうには言っていない」
言った、言っていないの押し問答のすえ、私は完璧に切れました。
「お母さん、帰ろう。こんなところにいたら余計状態が悪くなる。お家に帰ろう」

結局私の剣幕にびっくりしたせいか(笑)母の発作はスッと収まりました。
「こんなにしんどいのに入院もでけへんの?」といったのが
切なくて、かわいそうで。
最後に桑〇医師が捨て台詞のように言ったのは、
あなたの言葉で私は傷ついたとか、なんかそんなニュアンスの事でした。
では、あなたは「入院基準を満たしていない」と言われたら
患者や家族はどんなふうに思うのか考えたことはありますか?
傷つくどころか、入院もできない、こんなにしんどいのにどうしたらいいのって
とても不安になるでしょう?それをわかっていますか?

医者はそういうところも配慮してくれるものと思っていましたが、
今日で認識を改めます。
しょせん勤務医は勤務医。
面倒くさい患者、治る見込みのない患者(母はどちらも当てはまります)には
つれないもんです。
たぶん母は、死ぬまでこんなしんどい状態が続くのでしょうね。
慢性心不全とはそういう病気だと思います。

今回、病院名と医師名を書くのに躊躇しました。
書いてしまうと、次に何かあってももう搬送できません。
ネットの世界はずっと消えないからその内容が
お家の玄関に書いて貼れるかどうかが判断基準ということも理解してます。
それでも我慢できなかった。だから書きました。

もう寝ます。











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by murikupana | 2017-04-06 23:35 | 日々のあれこれ



ふとしたきっかけで八重山の唄に出会い 遥かに続く歌三線の道に精進するというか悪戦苦闘する大阪のおばちゃんの記録
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