むりく花ぬ 咲かりょうり

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ライブにて

高校生の頃、
高校の軽音楽同好会でバンドを組みフォークソングを歌っていました。
森小路にある平和の子保育園のフォークスクールで歌を歌ったり、
テーマを決めて話し合ったり。
相当頭でっかちの高校生だったと思います。
同じ頃、難波元町にある喫茶店「ディラン」によく行っていました。
当時のサブカルチャーを知る人には「ディラン」といえば超有名な喫茶店です。
5坪くらいの小さなお店で、大塚まさじさんと石村洋子さんが経営していました。
とても居心地が良く、音楽をする若者が各地から次々と訪れ、
あっという間に有名になっていきました。
今なら、「不良」のレッテルを張られるかもしれないけれど、
時代の空気がそういうこと(高校生が喫茶店に出入りすること)を
許していました。自己責任、私は平気でした。


ある時、私はディランを出て貧血を起こし、救急車で運ばれました。
同乗して病院までついて行ってくれたのが、ながいようさんです。


時間が過ぎ、私も高校生、大学生、社会人となって関西フォークから足も遠のき、
風太さんの春一番も行かなくなって。
永井さんが大塚まさじさん、西岡恭三さん、と一緒に
ディランというバンドで活躍しているのは知っていましたが、
会うこともなく何十年と経ちました。


何がきっかけだったのか、ふと思い出し。
そうそう、本店8階の中古レコード・古書の催事で
大塚まさじさん、糸川燿史さんのトークショーを懐かしく聞いていたんだっけ。
それがきっかけかなぁ。

救急車の時のお礼はちゃんと伝えていたのだろうかと気になり検索しました。
フェイスブックで見つけたのですが、同じ名前の別人かも…と。
じっくり写真を見てみると当時の雰囲気と全く違う、
でも目の優しさは同じ、おじさんがそこにいました。
お互い様ですが、「あぁ、月日は過ぎたんだ」と思いました。
当時は髪はアフロだったか、腰までの長さだったか、
そして黒縁の目が目をかけていたよね。

かと言って、私の事を、救急車の一緒の乗ってくださった事を、
覚えておられるのかどうか…。
とりあえずメッセージを差し上げました。

帰ってきた返事が「覚えているよ!元気ですか?」
「僕は今、嫁の故郷、読谷に住んでいます。
ライブで時々関西に行くから。会いたいなぁ。」

すっかり嬉しくなって「近々、ライブに伺いますね」と返事しました。

5月末のある日の夕方。
ライブ会場の寺田町「ロビン」を訪ねると、
「おちかさん!懐かしいなぁ」
もちろん、自分で名乗ったからでしょうが、面影を見つけ出してくれたのかな。
当時のあだ名「おちかさん」と言ってくれたのが面映ゆかったです。
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ディラン時代の有名な曲も含めてたっぷり2時間、
ライブを楽しみました。
昔からギターが上手でしたが、やはり、プロですものね。
当時よりずっと、ずっと、磨きがかかっていて感動しました。
ギター、バイオリン、ブルースハーブ、の織り成す音が優しく心にしみました。
やさしさと愛を一杯感じて、今こうしている時間に感謝して。

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じっくりお家でも聴こうとCDをいただいて帰路につきました。
母が待っているので長居ができずゆっくり話せなかったのが残念ですが、
駅までの道、歩きながら、心がほっこ、ほっこしました。

おまけです。
当時ディランのママをしていた洋子さんとも再会しました。
鳥肌が立つほどびっくりしました。
60歳半ばになって、何十年も過ぎて、会えるなんてどれだけ嬉しいものか…。
話している途中で「ディランのママ?洋子さん?」と気付きました。
雰囲気がそのまま残っていました。本当に昔のまま。
またどこかで会えますよねと連絡先を交換しました。
気持ちが一気に高校生に戻った時間でした。





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by murikupana | 2017-06-05 22:05 | 日々のあれこれ



ふとしたきっかけで八重山の唄に出会い 遥かに続く歌三線の道に精進するというか悪戦苦闘する大阪のおばちゃんの記録
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