むりく花ぬ 咲かりょうり

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真似節

真似節と書いて、あやかり節と読みます。

20年近く、八重山民謡を稽古していても、歌えない歌はあります。
つまり稽古をしていない曲ですね。

なぜ稽古してこなかったか。
音源が少ないから…。
師匠が歌っていないから…。
地味だから…。
節にメリハリがないから…。
私の場合、これに早いから…と言うのも入りますが。

このうち、「音源が少ない」「師匠が歌っていない」は解決されました。
普段私たちが使っている工工四の全曲を師匠がCD10枚組にしてくれました。
ほんと、ありがたいことですが、これで音源ないしと言う言い訳は使えません。
そして最近速い曲も何とか形になるようになってきました。
まだまだ刻みが甘く、疲れてくると乱れます。
体力勝負です。昔誰かが上腕二頭筋を鍛えるって言ってたな~。

で、新曲ですが、この真似節です。
地味です。節のメリハリと言うか流れがゆったりしています。
二揚げの歌のようにドラマチックではありません。
でも、どうしても完成度高く歌えるようにならなきゃ駄目なんです。

はい、頑張ります。

とりあえず、三線の手は入りました。たぶん…。
上句の節回しの難しい処、繰り返し集中してやっていますが、
基本イラチなので、師匠よりタイミングが早い部分があります。
これを早く修正します。
あと何曲か、今まで歌っている歌でも細かい部分修正して、
きっちり歌えるようにならないとあきません。

久しぶりに気合入った稽古ができています。
なんか、楽しい。
難しい歌やけど、楽しいな。




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by murikupana | 2017-11-27 22:28 | お稽古

断捨離中。で、懐かしいものが…。

20代の頃、東京で仕事をしていました。
大学で学んだのはインテリアで、就職したのがカーテン会社の商品企画室。
もっぱら建築図面をひいていたのでテキスタイルデザインは門外漢でした。
これってちょっとしたことが理解できなくて時間がかかったり、
染織出身の先輩にチョコチョコ嫌味言われたり…。
「なんだか、悔しいな~」と当時勉強に通っていたのが、
目黒区碑文谷にある川島テキスタイルスクール東京工房です。
別科に在籍し、毎週土曜日の午後はそこで過ごしていました。

どこにそんなパワーとお金があったのか、毎日仕事をしながら(しかもほぼ終電)
毎週末、緑ヶ丘から都立大学へ飽くことなく通ってました。

糸、染、紡、織、造形…。

ここで仕事に必要な知識も吸収できたし、フェルティングやカーディングなど
楽しい作業も一杯教えてもらいました。

今日、押入れの奥の何年と開けていない衣装ケースから
当時の資料の一部と「修了証」が出てきました。
織りに関する道具や、何時か紡ごうと残しておいたウールの塊などは、
すべて知人に譲ったので、もう残っていないと思っていましたが、
建築の資料とともに出てきたんです。

c0023461_21583181.jpg
おおぉ~~、懐かしい~~。

何にでも必死で一生懸命生きていた時期。仕事の失敗や、悔しい思いは
ひたすらシャトルを飛ばしてパッタン、パッタンしているうちに
明日も頑張ろう!って思えました。 

ちなみに昭和50年の私の給料は7万9千円。
54年の別科の第5講座の授業料は1万6千円、織機リース料が6千円となってます。
少ない給料の内からやりくりして出していたんだなとちょっと切なくなりました。
ほぼ毎月給料前は金欠で、ランチ抜き、牛乳と肉まんの夕食、
お米炊いて、キャベツにしょうゆ掛けてそれがおかず!な日々でした。
それでも苦にならず、毎日がキラッキラしてました。若かったな~です。

当時からの仲間で今も友人のUさんに「いる?」とラインしたら
速攻で「送って」と返ってきました。
私はこれからも織ることは無いけど彼女は60歳から再び手織りを学び始めました。
参考にしてもらえるならこんな嬉しいことはないので、明日早速送りましょうね。


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by murikupana | 2017-11-08 21:59 | 日々のあれこれ



ふとしたきっかけで八重山の唄に出会い 遥かに続く歌三線の道に精進するというか悪戦苦闘する大阪のおばちゃんの記録
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