むりく花ぬ 咲かりょうり

幹事会

なぜか毎日があわただしいです。
秋だからイベントが多い、それもあります。
お声がかかったら、ホイホイ行く性質なんで(笑)

でもやはりこれですね。
同窓会の幹事を仰せつかった(オシツケラレタ(笑))
今月末です。もう打ち合わせも佳境。
5回か、6回会って打ち合わせて、その後お酒と美味しい料理をいただいて。
それって飲んでるだけやん!
その通り!

でもちゃんと内容は詰まって、準備も怠りなく。

T学院小学部6年A組 双葉会。
「双葉」と言うより「落葉やん!」と言われないように、
元気で明るく、前向きに。

今日の打ち合わせは堺の美々卯さん。
うどんすき、美味しゅうございました。



着物はむら田さんで仕立てた綿の縞
半幅帯はこころやさんのイベントで購入
猫の帯止は三線のお弟子さんたちから頂いたもの
下駄は粉浜商店街の荒井はきもの店さんの神戸下駄
休みの日のお出かけはなるべく着物で、ね。
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# by murikupana | 2015-10-11 08:20 | 日々のあれこれ

香茸

香茸なる珍しいキノコを三線仲間からいただきました。
かさの直径が15センチくらいの大きなキノコです。
色は全体に褐色と言うか黒っぽいです。

きのこ図鑑
http://www.kinoco-zukan.net/koutake.php

「香りが良いから炊き込みご飯が美味しいよ。
松茸より珍重されているから」とのことで
早速炊き込みご飯にしました。
確かにとても香り良く、触感はシコッとして美味しかったです。
母と「初物は寿命が延びるん?」とか言いながらいただきました。

くださった方は西宮の奥の山で採取されたとか。
ありがとうございます。
ご馳走様でした。
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# by murikupana | 2015-10-07 00:12 | 日々のあれこれ

これも同窓会

9月30日、阪神百貨店の第一回OB会総会が開かれました。
今までも部課長以上ではあったみたいですが、
職域、階級を越えて集まるのは初めてとのこと。
場所はホテル阪神のボールルーム、
ここは外商時代に催し会場でよく使い懐かしいです。

いったい何人集まるのかしらと思ったらなんと161名でした。
聞いた時「えっ!161!なんて凄い。芸能人の結婚式みたいやん。」と。

壮観でした。60歳以上の161人ってとても賑やか。
いや、うるさいのかな(笑)

私は中途採用なので、いわゆる同期がいません。
でも、所属した部署柄、多くの部課長・主任と接する機会に恵まれ
参加されたほとんどの方のお顔を存じ上げています。有難いですねぇ。

着物を着ていったので
「お、新地のママみたいやん」(ホステスと言わなかったので許す)
「踊りのお師匠さんがいる」(いやいや、何時も着てはるわけない)
「売場のTシャツとえらい違いやな」(女は化けるんよ)など
心で思ったことはすぐ口にする悪い癖で、
「変わらんなぁ~♪」と呆れられましたが。
一括りにしたらアカンけど、この年代の男って相変わらずやなぁと思いました。
今の時代これ言ったら、セクハラですが、親しいので許します。

総じて女性の方が若々しく、
男性の方が(何人かを除いて)グンと老けてはりました。
この何人かはごっつ、カッコ良かったですよ。シュッとしてはりました。
ん、見習おうって思いました。

お料理も美味しく、十何年ぶりに会う方とお話もでき、
良い時間を過ごさせていただきました。

最初、会場に流れていたのは「グリーンのクローバー」
最後に歌うは「六甲おろし」 やっぱり、うちらしいです。
お別れの挨拶はあちらこちらで「来年、また。死ぬなよ!」
しみじみと良い会社、良い上司に育ててもらったと思っています。

ダカラ、イマノワタシガイル。

皆さんこそ、どうぞお元気で、来年、またお目にかかります。

写真は、私が着物初心者の時にいろいろアドバイスしてくれた
呉服売場一筋で卒業された先輩です。
本当に細かく着物の事教えてもらいました。
もちろんええ着物一杯持ってはります。
FBに載りますよと言ったらええよ~だったので。
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# by murikupana | 2015-10-05 00:23 | 日々のあれこれ

初盆

今日、初盆のお参りのために淡路島までいきました。
私の勤務した最初の会社、
大和商事株式会社商品企画室時代のH部長のお墓参りのためです。
H部長のご実家が映画のロケに使われ、完成した映画を見た時に
自然と「お墓参りに行きたいね」となりました。

娘さんのご都合も今日が良かったらしく「かしまし4人元娘」で伺いました。
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淡路島は初めてでしたが、以外と近いですね。
ご実家のある場所は本四仁井(ほんしにい)というバス停で、
久野々という地域です。
自然が一杯で空が広く、一軒一軒のお家が離れていて、
そのお家もとても大きいです。
屋根瓦がさすが重厚で綺麗でした。
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ご仏前にお線香をあげて、部長の会社時代の話、
こちらへ戻られてからの話に花が咲きました。
私は入社後一年だけ大阪勤務で、残りはずっと東京企画室でしたので
他の先輩のように部長との思い出が多くありません。

けれど、出張で東京へ来られた時は必ず
「元気にしてるか?」と声をかけていただきました。
会社で初めての女子の転勤者だったので、とても気にかけて貰ったと思います。
結局その会社は倒産したので、現在はありません。
だけど私がずっと仕事をしてこられたのは、その会社のお陰です。
部長に教えていただいた事の数々は今も私の胸にあります。
社会人としての基礎をたたきこんでいただきました。
学卒の22歳の若者にいろんな仕事を任せてもらいました。
今の時代、そんな事はなかなかできない事だと思います。
本当に有難いことです。懐の深い方でした。

ご仏前に手を合わせながら
「当時の部長の年をとっくに超えてしまいました。
今の私、これで良いですか?いけてます?」と。

多分他の皆も似たような事を尋ねたでしょうね。

享年83歳。もう一回飲みたかったです。
本当にありがとうございました。

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# by murikupana | 2015-08-04 00:56 | 日々のあれこれ

懐かしい人々と。

映画を見てきました。

私が最初に勤務した大和商事時代の部長のご実家がロケ地だったからです。
当時の企画室の先輩からこのお話をいただいた時、
「ご一緒させてくださいね」と答えたものの、
映画はあまり期待していませんでした。
ところが面白かったのです。2時間があっという間でした。
淡路島が舞台で、玉ねぎ農家とノリの養殖と淡路人形浄瑠璃と。
「山が海を育て、海が山を育む」のキャッチフレーズの通り
まるまる都会っ子の私にはその映像の一つ一つが新鮮な驚きでした。

何より、20代の頃にお世話になった先輩たちと40年近くたって
食事をして映画を見る。とても賑やかな女子会(と言っていいのか)でした。

撮影ロケ地になったご実家の主、H部長は映画の完成を待たず、
今年の一月に亡くなられました。
一昨年に阪神のレストランで同窓会をした時
「俺ももう80やで」と言われましたが
なかなかどうして、ダンディな紳士ぶりは健在でした。
また次も企画しますねとお別れしたのが最後です。

エンドロールのフリップに部長の名前を見つけた時に
「あぁ、もう居てはれへんのやな」とぐっときました。

写真は部長が作られたかご、大阪駅上の天空の農園のブドウとトマトです。
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# by murikupana | 2015-06-15 23:08 | 日々のあれこれ

差し上げます

くうが旅立って1週間が過ぎました。
少しづつ部屋を片付けています。

少しでも暖かく過ごして欲しいと思って購入したグッズが手元に残りました。
我が家にはもう一匹いますがその子はこれらを必要としていません。

猫を飼っている方で、欲しいと思われた方に差し上げたいと思います。

 ★猫炬燵(ドギーマン)…4年の間冬季のみ使用しました。
             幅45×奥行33×高さ30センチ
             炬燵布団は少し色あせています。なんでしたら同じサ
             イズで作るか、キルティング生地で代用できます。

 ★床ペットDX(貝沼産業)…2年の間冬季のみ使用しました。
               幅55×奥行40×厚み1センチ
               両面使いで高温・低温になります。
 ★ペットシーツ…2m×2mのサイズ。裏がコーティングされていて、おしっこや
         吐瀉物も漏れません。洗濯機で洗えます。
         濃い緑色でインテリアには今ひとつですが、これに一番助け
         られました。薄手と厚手と二枚あります。
 ★温度計…輸液の温度管理に使用しました。点滴袋の外から計測できます。

いずれも二回づつ洗濯機を回し、プラスティックはアルコール除菌しています。
ですが、ユーズド感はあります。その辺りをご理解いただける方で、使ってもいいよと思われた方に差し上げます。

コメントか、メッセージでご連絡くださいね。
 



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# by murikupana | 2015-05-04 18:32 | くう&元気&もも

ありがとう、くうちゃん

くうが4月24日11時15分、虹の橋へ旅立ちました。
今、箱の中で花に囲まれたくうと一緒にお酒を飲んでいます。
この5年間、慢性腎不全の闘病を良く頑張ったねと褒めてあげながら。

22歳と10カ月。
ずっと私の傍にいてくれました。

まったく餌を食べられなくなったのが20日の夜から。
それでも翌日はよたよたの足で必死で歩いて抱っこをせがみました。
抱っこして~、撫でて~、しんどいから下ろして~
何度も同じことの繰り返し。か細い声で要求していました。
22日にはもう鳴きもせず、歩く事も出来ず、
おしっこは寝たままペットシーツの上で…でした。
大好きなチーズをあげると小指の先くらい食べました。
これが最後の食事でした。
筋肉がないので体温調節ができず、ずっと抱いて温めました。

23日は休日なので一日くうと一緒に過ごしました。
もうろうとしているのでしょうが、視線を感じてふと顔を上げると
くうがじっと見つめていました。
「お母さん、すごくしんどいんだけど、なんでかなぁ。」とでも言いたげな目。
もう輸液はしませんでした。

夜は、意識のないくうと一緒に休みました。
今夜だろうなぁと覚悟していたので、なるべく楽に、苦しまずにと願いました。
痙攣が始まり、少しずつその間隔が短くなり、
そのたびに声を掛け、撫でてあげて。
眠れないまま、朝を迎えました。

どうしよう、今日は仕事だし、最後の時に傍にいてやれない。
くうはまだ息をしています。
幸いな事に母の介護に妹が来てくれる日だったので、
すべて妹に託して出勤しました。

妹から電話があったのが11時30分でした。
くうがこの5年のしんどさから解放された瞬間です。
喜んであげなきゃと思いましたが、やはり泣いてしまいました。
駄目ですねぇ~。

けなげな子です。
明日、明後日と大工先生の特別稽古があります。
もし一日ずれたら、こんなにゆっくりとお別れの時間が持てなかった。
明日だったらお母さん、困るしね…とでも思ったのでしょうか。

猫炬燵にしてから夜は、お布団にもぐり混んで来なくなりました。
ちょっとそれが寂しかったのですが、
最後の5日間はずっと私の枕の横で眠りました。
最後の最後、とても濃いお別れの時間が持てたと思います。

今日は少し泣いていますが、もう明日からは泣きません。
病気に対して出来るだけの事はしたし(輸液の注射が上手になりましたよ)
めそめそするのはくうが嫌がるでしょう。
今頃は虹の橋のたもとで蝶々を追いかけていると思います。
私がそこへ行くまで待っていてくれるはずですから。

ありがとう、くうちゃん。この20年余り、楽しかったよ。
バイバイ、また、ね。
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# by murikupana | 2015-04-25 00:00 | くう&元気&もも

覚悟せんとあかんかなぁ

この一年で飼い猫のくうはげっそり痩せました。
身体中から筋肉が無くなりました。
2.9キロから1.6キロへ。
慢性腎不全と診断されてから5年。
毎日の輸液と猫炬燵が欠かせませんが、
それでもそこそこ元気で、食欲もあり、おしっこも失敗しませんでした。

痩せてきたのと、おしっこを失敗するようになったのとどちらが先だったのか…。
毛づくろいもしなくなりました。まっすぐに歩けなくて、よたよたしています。
横になる時も身体を最後まで支えられなくて、どさって音がします。
2か月前には階段から落ちました。猫が、です。

かかりつけの獣医さんは
「食べているうちは大丈夫。」と言ってくれますが
勘でもうあまり時間はないと思います。
体臭と、口臭が強くなっています。顔付も随分きつくなりました。
しんどいのか夜啼きと徘徊が納まりません。

あと2か月で23歳ですが、
お誕生日は迎えられないかもしれない。
覚悟はしていますが、私、持ちこたえられるかなぁ。





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# by murikupana | 2015-04-20 22:20 | くう&元気&もも

深夜のお婆さん

昨日、遅番で仕事を終え、天下茶屋に付いた時すでに21時を廻っていました。

「はよ、帰って、ご飯!」と足早に自宅近くのコンビニに来た時、
目の前の光景に、ふと「あれ!?」って思いました。
かなりのお歳のお婆さんが眼鏡を掛けた若者に
「この近くに歯医者さんはありませんか?」と尋ねていました。

私の中で黄色の信号が点滅しました。何かがおかしい。
私は近づいて、「どうしたん?」と尋ねると同じ問いかけ。
若者は親切に検索しましょうか?と言っていましたが「任せて」と目配せして。

「奥さん、今日は日曜やし、もう9時過ぎているから
歯医者さんはお終いよ。お家はどこ?」
答えは駅前のマンションとのこと。
送って行きましょうかと言うと「もう夜遅いから結構ですよ」と答えられて
「ありがとう」とすたすた駅方向へ歩いていかれました。

私の頭の中で老人の徘徊という言葉が点滅していました。
やり過ごしたふりをして観察していると、
道路の真ん中でお医者さんの看板を見つけては立ち止まっています。
(うちの近所は廃業したお医者さんもそのままになっています。)
するといきなりお婆さんは道路の反対側にいた女の子に近づき、
何かを聞いています。
もうすでに知らんぷりできなくなっていた私はダッシュで近づき
お婆さんを確保しました。
付け睫毛をばっちりつけたちょっとヤンキー風な女の子も
「お婆ちゃん、はよ帰えらな。もう遅いし、あかんで」と優しい言葉。

お腹の虫が鳴いていましたが、駅前まで送れば交番はあるし、
お婆さんのいうマンションもあるから、何とかなると思い、送って行きました。

色々な事を話しました。
昭和3年生まれの87歳で今は一人暮らし。
亡くなったご主人は診療所のお医者様、息子達もすべて医者、
長男は某有名病院の院長、あれ、二男やったかいな…とこんな調子です。
年寄りに話を合わせるのは自分の母で慣れていますが、
なんか少し認知が入っているような…。

そうしているうちに駅に着き、お婆さんを見送る形で別れました。
すぐに交番の女性警官に事情を離し、一緒にお婆さんを追いかけていきました。
すると、本当に駅前マンションに入ってフロントでカギを操作しています。

「あぁ、あのお婆ちゃんやったら、一日に一回は来はるよ。」
「鍵がどこかにいってあらへん、とかいろんな事言ってきはるなぁ」
「大丈夫よ、奥さん。僕らも気をつけておくから。親切にありがとうね」

一人暮らしと言ってました。
息子はお正月しか来ないって。

ずいぶん立派なマンションに一人?

どこまで本当の事かわかりませんが、
この時間にヘップ履きで財布一つ握って、歯医者さんを探してウロウロしている。
胸が詰まりました。

でも、天下茶屋も捨てたもんじゃない。
オタク風の男の子も、付け睫毛バッチリの女の子もお婆さんに優しかった。
それだけで良いか…と思いなおして、
もう一度来た道を今度こそ帰るぞと引き返しました。








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# by murikupana | 2015-04-20 21:51 | 日々のあれこれ

母も

「マスクして」
「手、洗った?」
「うがいした?」
「部屋の喚起してね」

これらの項目は戦争を生き延びた母には通用しない事です。
「そんなこと、せえへんでもうつらへん」と内心思っていたでしょう。
お腹の中で舌出していたかも。

「近寄ったらアカンよ」と言ってるのに、二階の階段口から覗いて
「どない、しんどいん?」
来たらアカン言うてるやん!とまた喧嘩して。

インフルをなめてます。
しっかり罹患しました。同じB型です。

午前の診察でホームドクターから電話がありました。
「お母さん、うつってはります。かすかに反応でました。
ただ、状態が良いので、リレンザを処方しました。
帰宅して高熱、息苦しい、などの症状が出なければ大丈夫でしょう」とのこと。

幸い熱も37度で止まり、食欲もないねんと言いながら、食べています。
ワクチンも昨年秋に打っているし、
リレンザの方がB型に効くというNETの情報もあるし、
少なくとも私よりずっと楽なはず。
このまま、終息してくれる事を祈ります。







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# by murikupana | 2015-02-27 20:34 | 日々のあれこれ



ふとしたきっかけで八重山の唄に出会い 遥かに続く歌三線の道に精進するというか悪戦苦闘する大阪のおばちゃんの記録
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